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くしびばこ

昭和天皇の知られざる実像

2011-07-20 (Wed) 23:35
出典元:
昭和天皇の知られざる実像

http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/18934657.html


↑上記のブログエントリーには、「マッカーサーと対峙した時の昭和天皇につい」て、様々な文献を元に、書かれています。

普通の知識として知っていたのは、
「とりあえず、 『戦争は全て私の責任なので、私を如何様にもして下さい。私はどうなっても構いませんから、国民を助けて下さい』 のような趣旨を言ったこと」と、
「マッカーサーが昭和天皇を、 『日本一の紳士』 と言ったこと」
でした。

その通りですが、その、更に詳しい内容が描かれています。

最初に、
三上教授の講演の言葉
これについて、辻井圭三氏(キリスト伝道会「活水の群」副理事長)が、
「この件については、第二回目の通訳をされた、内閣情報局総裁であり戦後外務次官も務められた奥村勝蔵氏を通じて、私は詳しく伺いました」
と書いていて且つ三上教授の言っている通りであると述べているということです。

次に
マッカーサーの証言
『マッカーサー回顧録(1963年)』からの出典のようです。

最後に
侍従長の証言
藤田尚徳著書『侍従長の回想(1960年)』からの出典のようです。


終戦時において、占領軍の、昭和天皇に対する処分(っていう言い方はアレだけど・・)は4つあったそうです。
1つ目は東京裁判に引き出し、絞首刑にする。
2つ目は共産党を利用して、人民裁判の名において血祭りにあげる(←怖えぇ・・
3つ目は中国へ亡命させて中国で殺す。
4つ目は一服盛って毒殺する

どう転んでも、昭和天皇は弑し奉られる運命にあったのだそうです。

そしてもうひとつ、
割腹自刃の計画が三度あり、昭和天皇のお母さん(貞明皇太后)はそれを止めようと、目を光らせていたそうです。

↑↑↑
とりあえず、コレの知識は全然ありませんでした。
初めて知りました。
事実なのかそうでないのかは分かりませんが、
もし事実なのならば、何故ほんの少しでも教育しないのか とても不思議です。
戦争前は天皇陛下万歳!過ぎて、道をはずれてしまったから、
今度は謙虚にあるべきと、
少しでも天皇を良く表現するものを(例えそれが事実あったことだとしても)ことごとく隠して 謙虚さを失わないように、との意図であえて教育されていない・・ということなんでしょうか。。
確かにまぁ、学校とか人に「教えられ」るより、偶然自分の手で得た知識、の方が心に響くかも。
「ああ、そうだったんだ!真実を知った・・」みたいな衝撃のある知識吸収。
テストに出るぞって言って無理矢理覚えさせられる場合のとは全然違いますね。


さてさて。
一番上のURLのブログエントリーの内容です
↓↓↓↓↓↓

(※注釈: 三上教授の講演の言葉

「九月二七日、陛下がただ一人の通訳を連れて、マッカーサーの前に立たれたことは、皆様方もよくご承知の通りであります。
ついに天皇をつかまえるべき時が来た。
マッカーサーは、二個師団の兵力の待機を命じました。
マッカーサーは、陛下は命乞いに来られたものと勘違いし、傲慢不遜にもマドロスパイプを口にくわえて、ソファーから立とうともしなかった。

陛下は直立不動のままで、国際儀礼としてのご挨拶を終え、こう言われました。

『日本国天皇はこの私であります。
戦争に関する一切の責任はこの私にあります。
私の命においてすべてが行なわれました限り、日本にはただ一人の戦犯もおりません。
絞首刑はもちろんのこと、いかなる極刑に処されても、いつでも応ずるだけの覚悟はあります』

―― 弱ったのは通訳でした。
その通り訳していいのか

―― しかし陛下は続けました。

『しかしながら、罪なき八〇〇〇万の国民が、住むに家なく、着るに衣なく、食べるに食なき姿において、まさに深憂に耐えんものがあります。
温かき閣下のご配慮を持ちまして、国民たちの衣食住の点のみにご高配を賜りますように』


天皇は、やれ軍閥が悪い、やれ財界が悪いと言う中で、一切の責任はこの私にあります、絞首刑はもちろんのこと、いかなる極刑に処せられても…と淡々として申された。
このような態度を見せられたのは、われらが天皇ただ一人であったのです。
陛下は我々を裏切らなかった。

マッカーサーは驚いて、スクッと立ち上がり、今度は陛下を抱くようにして座らせました。
そして部下に、
「陛下は興奮しておいでのようだから、おコーヒーをさしあげるように」
と。

マッカーサーは今度は一臣下のごとく、直立不動で陛下の前に立ち、
「天皇とはこのようなものでありましたか!
天皇とはこのようなものでありましたか!
私も、日本人に生まれたかったです。
陛下、ご不自由でございましょう。
私に出来ますることがあれば、何なりとお申しつけ下さい」
と。

陛下は、再びスクッと立たれ、涙をポロポロと流し、
「命をかけて、閣下のお袖にすがっておりまする。
この私に何の望みがありましょうか。
重ねて国民の衣食住の点のみにご高配を賜りますように」
と。

そののちマッカーサーは、陛下を玄関(ホール)まで伴い、見送ったのです。


皆様方、日本は八〇〇〇万人と言いました。
どう計算しても八〇〇〇万はおらなかったでしょう。
いかがです?
一億の民から朝鮮半島と台湾、樺太をはじめ、すべてを差し引いて、どうして八千万でしょうか。
じつは六六〇〇万人しかいなかったのです。
それをあえて、マッカーサーは、八〇〇〇万として食糧をごまかして取ってくれました。
つまりマッカーサーは、いわゆる、陛下のご人徳にふれたのです。
米国大統領からは、日本に一〇〇〇万の餓死者を出すべしと、マッカーサーに命令が来ておったのです。

ただ一言、マッカーサーは、
『陛下は磁石だ。私の心を吸いつけた』
と言いました。

彼は陛下のために、食糧放出を八〇〇〇万人の計算で出してくれました。
それが後で、ばれてしまいます。
彼が解任された最大の理由はそれであったというのが、事の真相です」


(中略)


(※注釈 マッカーサーの証言

「天皇の話はこうだった。
『私は、戦争を遂行するにあたって日本国民が政治、軍事両面で行なったすべての決定と行動に対して、責任を負うべき唯一人の者です。
あなたが代表する連合国の裁定に、私自身を委ねるためにここに来ました』
――大きな感動が私をゆさぶった。
死をともなう責任、それも私の知る限り、明らかに天皇に帰すべきでない責任を、進んで引き受けようとする態度に私は激しい感動をおぼえた。
私は、すぐ前にいる天皇が、一人の人間としても日本で最高の紳士であると思った」
(『マッカーサー回顧録』(1963年))


(※注釈: 侍従長の証言

「…陛下は、次の意味のことをマッカーサー元帥に伝えられている。
『敗戦に至った戦争の、いろいろな責任が追求されているが、責任はすべて私にある。
文武百官は、私の任命する所だから、彼らには責任がない。
私の一身はどうなろうと構わない。
私はあなたにお委せする。
この上は、どうか国民が生活に困らぬよう、連合国の援助をお願いしたい』
一身を捨てて国民に殉ずるお覚悟を披瀝になると、この天真の流露は、マッカーサー元帥を強く感動させたようだ。
『かつて、戦い破れた国の元首で、このような言葉を述べられたことは、世界の歴史にも前例のないことと思う。
私は陛下に感謝申したい。
占領軍の進駐が事なく終わったのも、日本軍の復員が順調に進行しているのも、これすべて陛下のお力添えである。
これからの占領政策の遂行にも、陛下のお力を乞わなければならぬことは多い。
どうか、よろしくお願い致したい』」
とマッカーサーは言った」
(藤田尚徳著書『侍従長の回想』(1960年))





三者の証言が見事に一致しています。
つまり、これは限りなく事実に近いということですね。

>マッカーサーは、二個師団の兵力の待機を命じました。
何気にすごい。
二個師団の兵力の待機って。。
結果的に昭和天皇は1人の通訳を連れてきただけだったけれど。
二個師団の兵力を持ってこないと安心出来ないくらい、そういうのが必要なくらい、何か説明出来ない、大きなものを想像しているような そんな感じがします。
でも、相手にそういう風に感じさせる天皇も天皇ですが、「感ず」ることが出来るマッカーサーもなんかこう 説明出来ない、魂の高潔さ(なんかスッとした単語が出てこない^^;)を感じます。

大きなものを大きなもの、として感じる力、畏れを感じる力、
それが確か「霊格」が高い証拠だとかココに書いてあったような。
話が逸れましたが、

これは紛れも無く、素晴らしいお話です。
一応触りの部分は割りと広く知られていることと思いますが、こういう細密の部分まではほとんど知られていないのではないでしょうか。

良く考えますと、世界中の、昔の、色んな王様や皇室の方々は、
革命が起こると国外に逃亡だとかしていました。
で、捕まえられて処刑されて、というのが色々ありました。
盛者必衰
こういうの、にっちもさっちもいかない状態になった時、
誰からも守ってもらえない状況になった時、
その人間の本当の本性が出るものです。
昭和天皇は逃げなかった。
逃げずに、自分の身はどうなってもいいとおっしゃり、
流した涙は、
自分が助かりたくて乞うための涙ではなくて、
国民を守ってください、という涙でありました。

なかなか出来ることではありませんね・・。


私は、天皇を「天皇」っていうだけであがめたてて
ハハーッてするような畏れ敬うのが大嫌いでした。

ただの依存じゃん
て思ってました。
誰か、「この人」っていう存在を作って、あがめることで、心の平安を保とうとする。
・・というのがまるで「宗教」のようで
すごく違和感を感じていました。

しかし、皇室だとかのお話を縁あって色々見ていくうちに、そういうことを考えていた私は本当に何も知らなかったのだということを思い知らされました。
もちろん、「宗教」のように、あがめたり、心の拠り所にすることで、天皇を畏れ敬うというよりは、心の平安を保つための材料として結果的に天皇を「使って?」いる人々もいるにはいるとは思いますが。

宗教ではないんですね。
もっと古い。
うーん 宗教のもっと根の部分の単語があったらソレに該当するのでしょうが。。

しかし仏教の
盛者必衰
っていう単語はコレ日本の皇室には該当しなくないですか。
盛者必衰 なら、「必」という言葉があるのなら・・・必ず、絶対に、自然には逆らえないというレベルで滅びてるはずなのです。
滅びてないのが意味が分からない。
滅ぼしたい訳ではなくて。
盛者必衰、という、「自然の法則には誰も逆らえないのですよ」という大原則がなんか適用されてないのが不思議。
日本の皇室だけなんですよね・・・。
世界中の色んな王家、皇室、王朝、色々・・
何の例外もなく滅んでいるのに、日本皇室だけ千代に八千代に続いてるのがすごい。

鎌倉時代に武力と政権を奪われて、幕末に大政奉還で返されるまで、権力そのものというか、武力も、そういうもの、奪われていたはずなのに、何故ずっと歴代の将軍たちに弑されなかったのか。
普通に血脈を断たれる機会はたくさんあったはずなのです。
武力そのものもないしね・・。
あっても、その時代の、その時日本を治めていた将軍が政権を持っていたので、日本を治めているものの武力に敵うはずもなく。

何故弑されなかったか。
多分DNAレベル・・と言っても決して大袈裟ではない、何かこう、説明出来ない、民族深層レベルで、日本人の中に、
「天皇を弑してはいけない」という、なんかそういうのがあったのでしょう。
説明出来ない何か。

そう考えるとなんかとても神聖なものを感じます。
宗教、っていう安っぽいチープな概念ではなくて、もっとこう大きな、
畏れるような感情になります。

あがめるというか、
天皇陛下を畏れ敬うことで、
自分自身、周りの日本人をも深く理解し、包み込むみたいな感情になりますね。

こういう感情で天皇陛下万歳とやっていたのかぁ。
・・と思いました。

宗教的な意味であがめている(自分の心の平安を保つための道具にしている)場合も勿論あると思います。
(だから新興宗教とかたくさんあるしね。宗教というものに逃げやすいのなら、天皇陛下に対してだってそう見てる可能性も低くはない)

私は思いました。
こういうの、(皇室のこととか)もっと教育した方がいい!っていう声がネット上でたくさん上がっていますが、
私はしない方が絶対いいと思います。
学校で当たり前に出てくるのってありがたみないし、神秘性ないし。
或る時突然、「学校で教えてもらわなかったよ?!」みたいな衝撃を得るような知識吸収でいいと思いました。
秘密にすればするほど、神秘性が高くなります。

でも、昭和天皇の、エントリーで取り上げたような事柄は
テレビのドキュメントだとかで少しでもいいから出した方がいいかも・・。
さらっとでいいから。



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テーマ : 天皇陛下・皇室
ジャンル : 政治・経済

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